学校に行けなかった日に、息子とラーメンを食べた話
学校に行けなかった一日を、親子でどう過ごすか考えた記録
これは、学校に行けるようにする方法の話ではありません。
ただ、行けなかった一日を前に、親が焦りや罪悪感だけで終わらせないために、私が息子と過ごした時間の記録です。
4ヶ月ほど前の月曜日の朝。
出勤してしばらくすると、私の携帯がいつものように「わんわん」と鳴きました。
(ちなみに、私の着信音は犬の鳴き声にしています。)
妻からでした。
「息子が、学校に行きたくないと言っている」
そう連絡がありました。
「またか…、困ったな」
その頃の息子は、朝なかなか起きられないことがありました。
月曜日になると、行き渋ることも一度や二度ではありません。
この日も起きるのが遅くなり、車で送っても遅刻になる時間。
途中で、
「もう行きたくない」
となったようでした。
妻は繁忙期で休めません。
私は仕事を最低限だけ整えて、早退することにしました。
正直に言うと、
「息子だけ休めていいな」
そんな気持ちも少しありました。
もちろん、息子なりの苦しさがあることも分かっています。
それでも、毎朝起こして、準備をさせ、送り出そうとしている親側にも疲れる瞬間があります。
親も完璧ではありません。
そんな気持ちを抱えながら、私は別のことを考えていました。
学校に行けなかったことだけを見るのではなく、
この日の親子の時間を、どう過ごすか。
学校に行けなかった事実は変えられない。
でも、その後の時間の流れは、自分で整えられるかもしれない。
その日に息子が何を感じるのかは、私にも分かりませんでした。
でも、
その日の流れを少し変えることで、
親子で見える景色が変わることがあります。
今回も、同じように考えました。
家に帰ると、息子は少し驚いた顔をしました。
私が帰ってきた理由を、少し不思議そうに見ていました。
「ちょっと出るか」
それだけ言って、外に連れ出しました。
向かったのは、
息子が好きなラーメン屋さん。
そのあと団子屋さん。
そして、私が行きたかった神社。
最後に美術館へ行きました。
平日の昼間に、親子でラーメンを食べている。
少し不思議な感じもしました。
でも、
学校に行けなかったことだけで終わる一日にはしたくありませんでした。
美術館では、ある提案をしました。
「それぞれの場所で、一番気に入った作品を探そう。そして理由も教えて」
すると息子は、いつもより真剣な顔で作品を見始めました。
普段なら、
「次行こう」
と言って、すぐに移動することも多い息子です。
でも、この日は違いました。
一つ一つ立ち止まりながら見ています。
焼き物のコーナーで、息子が選んだのは亀の作品でした。
「この亀の顔がすごくいい」
そう言いながら、
「目が生きてるんよ」
と細かい部分を指差して説明してくれました。
正直に言うと、
私には、その亀の顔の良さが完全には分かりませんでした。
でも、
自分が感じたことを、
自分の言葉で伝えようとしている。
その姿を見て、
学校とは違う場所で、息子の別の一面を見ることができたのかもしれないと思いました。
帰ってからのお風呂で、私は一言だけ伝えました。
「ママにあまり心配をかけるなよ」
少し間を置いて、
「わかってるよ」
と息子は答えました。
この日は、
学校に行かせるための一日ではありませんでした。
休むことを正当化するための日でもありません。
ただ、
その時間を親子でどう過ごすかを考えた一日でした。
私たちはつい、
行くか、行かないか。
頑張るべきか、休ませるべきか。
そんな二択で考えてしまいます。
でも子育てでは、
すぐに答えを出すことだけではなく、
止まってしまった時間の中で、
親子がどう関わるかも大切なのかもしれません。
後日、
「あの日、一番楽しかったのは何だった?」
と息子に聞いてみました。
私は少し期待していました。
「美術館!」
そんな答えが返ってくるのではないかと。
でも、
息子の答えは、
「ラーメン」
でした。
私の中では、
亀の作品をじっくり見ていた時間が一番印象に残っていました。
でも、よく考えると、
子どもの心に何が残るのかを、親が決めることはできません。
親は意味を探します。
でも子どもは、その日に感じた小さな楽しさを覚えているのかもしれません。
学校に行けなかった一日。
でも、あの日の中にも、息子が見つけたものはありました。
「目が生きてるんよ」
そう話していた息子の姿を、私は今でも覚えています。
もし同じような朝を迎えた親御さんがいたら、その日を「失敗した一日」とだけ決めつけなくてもいいのかもしれません。
子どもがその日に何を受け取ったのかは、親にも分からないのかもしれません。
子育てには、正解がないからこそ考える時間があります。
わが家の試行錯誤や気づきを、これからもお届けします。
あの日の経験は、「家でできること」を考えるきっかけにもなりました。
もしよければ、こちらの記事もあわせてどうぞ。






ピートンさんこんにちわ。
やっぱりありますよねそういう体験。
親ならみんなある「学校行きたくない」という子と向き合う親
子供と接する時はどうしても親になりがちですけど。
同じ目線というか、その子の気持ちや考えに寄り添う為には自分がどうあるべきかは
「一番身近な人」「隣にいてくれる人」
それだけででいいんですよね。
深いなぁ......😊愛情いっぱい
ココロの栄養 ありがとうございます