なぜ、私は会議室ではなくモスバーガーへ連れて行ったのか
万引きをした外国人実習生が、自分の意志で「謝りに行きたい」と言うまで
一本の電話
「わんわんわん」
仕事を終えて家で一息つき、ビールを開けた瞬間、私の携帯が鳴った。
※ご存じの方もおられるかもしれませんが、
私は携帯の着信音を犬の鳴き声にしています。
嫌な予感がした。
私は知っている。
こんな時間にわんわんするときは、大体ろくでもないことが多い。
「はい、ピートンです。」
電話に出ると上司だった。
「警察から連絡があって、実習生のホアンが万引きで捕まった。」
……はい、ビンゴ。
予感は見事に当たった。
開けたばかりのビールを妻に託し、上司と近くのコンビニで待ち合わせ、そのまま二人で警察署へ向かった。
これは、まだ私が子育てを始めたばかりの頃のお話です。
当時の私には、会社で30人を超える外国人技能実習生がおり、「娘」のように思ってお世話をしていました。
この出来事は、今でも私が子育てに向き合うときの原点の一つになっています。
夜の警察署は、昼間とは違う空気が流れていた。
受付で事情を説明すると、ブルーの革ジャンにジーンズ、スキンヘッドの細身の男性が現れた。
(小峠さん……。)
ふと芸人さんの名前が浮かぶ。
「ああ、会社の方ですか。本人を呼んできます。」
……刑事さんだったんですね。
しばらくすると、ホアンが不安そうな顔で、とぼとぼ歩いてきた。
リサイクルショップで小さな財布を万引きしてしまったらしい。
今回は、お店のご厚意で大事にはしないとのことだった。
「大変ご迷惑をお掛けしました。」
上司と二人で、深く頭を下げた。
深夜30分、自転車をこぐ
帰ろうとすると、刑事さんが呼び止めた。
「あ、自転車はお店に置いてありますので、回収してくださいね。」
何ですと。
結構な距離がある。
上司が一言。
「ピートン、お店まで送るから、お前、乗ってこいよ。」
やっぱりそうなりますよね。
三十分ほど汗だくでママチャリを漕ぎ、ようやく寮の近くまで来ると、上司はホアンとコンビニでアイスを食べていた。
こっちは三十分漕いできたのに……。
「ビールでも飲んでやろうか。」
そんな気持ちをぐっとこらえた。
寮では同室の二人だけを呼び出し、事情を説明した。
「他の実習生には話さないであげてほしい。」
そうお願いすると、二人は静かに頷き、ホアンの肩を抱いて部屋へ戻っていった。
会議室では聞けないこと
会社ではよく「実習生を管理する」という言葉を耳にする。
でも私は、管理するより、人として向き合った方が変われることがあると思っていた。
親元を離れ、日本へ来た実習生たち。
だから私は、実習生を自分の娘だと思って接することに決めていた。
翌日、ホアンを会社へ呼ぶことになった。
上司からは、
「会議室で事情を聞いてくれ。」
そう言われた。
会社としては、それが正しいやり方だったと思う。
でも私は少し違うことを考えていた。
会議室では、本音は出ない。
机を挟めば、「会社」と「実習生」になってしまう。
それでは、本当に知りたいことは聞けない気がした。
だから私は、
「迎えに行ってきます。ついでに昼ご飯も食べてきます。」
そう言って会社を出た。
寮でホアンを乗せ、向かった先はモスバーガーだった。
ホアンの答え
注文を済ませても、私たちはしばらく何も話さなかった。
店内には学生たちの笑い声が響いている。
私は急いで事情を聞かなかった。
「ホアン、モス来たことある?」
「ないです。」
「昔さ~、パンの代わりにレタスで挟んだバーガーがあったんだよ。」
「えっ?」
「もうハンバーガーじゃないよな。」
少しだけホアンが笑った。
まずは、安心して話せる空気を作りたかった。
しばらくすると、ホアンが拙い日本語でぽつりと話し始める。
母国では実家が雑貨屋を営み、自分でも雑貨を作っていたこと。
リサイクルショップには面白い物がたくさんあり、
小さな財布に興味を持ったこと。
買えない値段ではなかったこと。
それなのに、なぜかカバンへ入れてしまったこと。
自分でも理由が分からないこと。
母国の子どもたちに顔向けできないこと。
私は最後まで話を遮らずに聞いた。
普段の仕事ぶりを見ても、万引きをするような子には思えなかった。
だから叱るより先に、理由を知りたかった。
私は身振り手振りを交えながら話した。
「日本には『魔が差す』という言葉があるんだ。
普段ならしないようなことを、ふとしてしまう時がある。
やったことは元には戻らない。
でも、その後どう生きるかの方が、もっと大切なんじゃないかな。」
どこまで伝わったかは分からない。
でもホアンは黙って聞いていた。
そして、静かにハンバーガーを一口食べた。
少しだけ表情がやわらいだ。
「なんで、悪いことをした私に、やさしくしてくれるの?」
私は答えられなかった。
しばらく黙ったあと、
ゆっくり言った。
「私は、みんなを自分の娘だと思うことに決めているんだ。
もし娘が万引きをしたら、まず必要なのは安心して話せる場所だと思った。
だから今日はここへ来た。」
ホアンは食べる手を止め、じっと下を向いた。
長い沈黙が流れた。
やがて、小さな声で言った。
「ピトンさん……私、お店、謝り行く。」
その言葉を聞いた瞬間、本当にうれしかった。
でも、喜ぶ場面ではない。
私は静かに聞いた。
「一緒に行こうか?」
ホアンは首を横に振った。
あの日、変わったのは
会社へ戻る前、私は上司へ電話を入れた。
「お昼ご飯を食べながら話を聞けました。私は一人で会社へ戻ります。」
電話の向こうで、上司は少し間を空けた。
何か言いたそうだった。
でも最後に一言だけ、
「……わかった。」
そう言って電話は切れた。
後から聞いた話だが、上司は総務から、
「なぜ会社ではなく外で話をさせたんだ。」
と言われたそうだ。
会社として考えれば、その方が正しかったのだと思う。
私も、その考えを否定するつもりはない。
でも、あの日の私には、一つだけ確信があった。
会議室では、本音は聞けない。
正しかったかどうかは、今でも分からない。
でも、ホアンは自分からお店へ謝りに行き、その後も真面目に働き続けてくれた。
人は、叱られた場所ではなく、安心して話せる場所で、自分から変わることがある。
あの日、モスバーガーで私が学んだことだ。
はじめまして、ピートンです。
仕事で学んだことを子育てへ。
子育てで学んだことを仕事へ。
人を変えようとするより、続けられる仕組みを考える。
そんな実験と学びを、これからも書いています。
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ピーさんはいつも関わる人の将来を見ていて、その人にとって何が大切かを考えられていると思います。
勉強になります!
ピートンさん、素晴らしい対応ですね!そして、最後まで読みたくなる文章。感服してます。
冒頭の入り。
締めへの流れ。
ホアンさんへの対応も素晴らしいですが、文章の構成も素晴らしい(綺麗でスマート)と思いました。